にいがたの顔

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#22 小林 幸子さん   2009.03.26

新潟に縁があり、各界で活躍している人を紹介するシリーズ「にいがたの顔」。 今回は新潟市出身の歌手、小林幸子さんです。

小林さんは今年、デビュー46年目。歌、そして、ふるさと新潟への思いをじっくりとお聞きしました。

「歌を歌うこの仕事でストレスがかかりますよね。それで、”そのストレスの解消法は何か?”っていったら、 やっぱり歌って発散するんですよ。そんな事ができるのは本当に幸せだと思います。」

歌手・小林幸子さん。 現在の新潟市中央区の出身です。 新潟市の観光大使でもある小林さんは、今年でデビュー46年目。 芸能界で確固たる地位を築いた今もふるさと新潟への熱い思いを抱いています。 小林さんは、父親が応募した素人のど自慢番組出演がきっかけで、9歳の時に単身上京。 1964年、わずか10歳で「ウソツキ鴎」という曲でデビューしました。

「みんな新潟駅で”がんばってね”って言ってくれた。 現在の新幹線では考えられませんが、列車の窓が開いたから、船が出航する時みたいに 色紙テープの端を持った手を振って”行ってきま~す!”って別れを告げました。 ついこの間のような気がします。」

しかし、デビュー曲こそ売れたものの、その後はヒットに恵まれませんでした。 子どもの無邪気な言動に辛い思いをしたこともあります。

「子どもに“歌手なの?”って聞かれるから“歌手よ。”って答える。 “テレビ出たことあるの?”なんて聞かれるとすごく傷つくんですよね。 “なんて歌を歌ってんの?”って子どもに聞かれて、“こういう歌を歌ってる。”って言うと、子どもは“知らない。”って言って、スーッといなくなる。 子どもは素直に言ってるだけで、これが自分の現状で、現実なんだということを思い知らされました。」

転機が訪れたのは1979年でした。 もともとB面の曲だった「おもいで酒」が200万枚の大ヒット。 小林さんをスターに押し上げました。 デビューから15年が経っていました。

「“いい曲であっても売れない”ってこともあるんです。 時代背景とかそういったものを加味したうえで、運とかいうことですよね。 “おもいで酒”は、カラオケが世の中にバーンッ!て出てきた走りの時代で、すごく優しいメロディだった事とか、いろんな条件が合ったんだと思います。 “私、本当にやめなくてよかったなぁ”って、思いました。」

演歌のイメージが強い小林さんですが、ジャズも歌えばシャンソンも歌います。 歌のジャンルにこだわりはありません。

「ジャズが好きになったのは、11か12歳の時にサラ・ヴォーンを聴いて“世の中にはこういう歌を歌う人がいるんだ”と思ってからですね。 あとはポピュラーでナンシー・ウィルソンにはまっちゃって、すごい好きになって、それからいろんなジャンルの歌手を好きになって歌ったりしてます。 U2(アイルランドのロックバンド)も聴きますし、はい。」

2004年、中越地震が発生しました。
物資を送った方がいいのではないだろうか、自分のスケジュールも詰まっている、売名行為と映るかもしれない・・・。 そんな迷いを振り切って訪れた被災地で、小林さんは被災者の言葉に心を揺さぶられます。

「最後に私にかけてくれた言葉が“がんばってね、応援するから”って言われたんですよ。 あの時はもう、帰りは大泣きでしたね。 自分が元気づけようと思って行ったのに“がんばってね、風邪ひかないでね、応援してるからね“って言われたんですよ、私。」

その後も小林さんは 仮設住宅を訪れ、被災者を励ましました。 軽トラックの荷台に乗り、小さなカセットデッキの演奏で歌いました。 そこは、歌の力をあらためて確認した舞台でした。

「歌の力っていうのは、私の力じゃないんですよ。 歌の持っている力に、私がいかに仕えるのか。 歌の使徒でしかないですから、私は。 パワーというか、エネルギーというか、そういうものを与える楽曲を聴く人の心に向けて、ラブレターとして送り出す。 その力が私にあるのかないのかを問われているだけですから。」

コンサートでの美しい衣装も、劇場やテレビでの芝居も、すべては歌を送り続けるため。 次にどんなことをしたら楽しんでもらえるのか? 自分自身も楽しみはつきません。

「自分をこれからもずっとおもしろがって生きていけたらいいと思いますね。 人間は死ぬまで自分探ししなきゃ。歌い手“小林幸子“に限らず、みんなそうですよ。 面白がらなきゃ。人に楽しんでもらうためには、まず自分が面白がらなければ。 人が面白がってくれるには、自分が面白がらなければ何もできないんです。」

小林さんは、歌をラブレターに例えています。 歌は、結局は「好き・嫌い」で判断されるもの。 ラブレターを開いてもらえるのと同じように、聴く人の心に届けばそれでよし。 たとえ、開いてもらえなくてもずっと届け続けるのが歌手の使命だと考えているそうです。

※掲載内容は放送時のものです。