アナウンサー

須山 司
2012年10月26日(金)

海を渡るコメ農家 今考えていること…

 先日、NNNドキュメント「海を渡るコメ農家」をディレクターとして制作し、大変な深夜でしたが放送させていただきました。この1年ほど、私が日本のコメをめぐり起きている動きを掘り下げようと継続取材してきたもので、過去も台湾でコメの現地生産に動いている若手農家の方を県内ニュースの特集枠で放送しましたが、今回は中国生産に乗り出す加茂市の農家の方と、台湾生産を開始した津南町の農家の方を取材したものを全国放送させていただきました。
 この番組の放送の反響としては、やはりかなり否定的な意見も多かったようです。技術流出ではないのか?最後は自分の首を絞めるだけだ、などといったものです。私も取材を始めた当初、この動きをどうとらえたらいいのか色々と考えました。そして今、感じていることをお伝えしておこうと思います。

 まず前提として多くの人に知っておいていただきたいことがあります。「技術流出」という意見なんですが、実はこの番組は全くそういうスタンスでとらえてはいません。というのは、たとえば新潟県はこれまで何年にもわたり中国東北部から研究者・技術者を国際交流の一環として毎年2人受け入れ、約半年にわたり農家の家で住み込みで技術を学んでもらい、さらに日本の農業システムまで学んでもらって帰国してもらうということを続けています。こうしたことは新潟に限ったことではなく、全国の各県で農業交流の事業として行われているもので、私が中国の江西省で取材をした省政府の幹部たちは皆、半年~2年間、日本でコメ作りの農業研修を受けていました(岡山、岐阜など)。それ以外にも、国による国際貢献事業で、毎年新潟からも何人も、中国だけでなく東南アジア方面などにコメ、野菜などの栽培指導を行っています。日本では数十万人の農家の方々が特に栽培方法を秘密にすることもなく野外でコメ作りを行っている…日本のコメの栽培方法はインターネットを検索すれば数万件もヒットします。今回の番組内で、ある登場人物の父親の写真が出てくるのですが、その写真は昔、その方が中国で農業指導をしていた時の写真です(浙江省にて)。
 つまりどういうことかというと海外に対しコメの作り方・栽培方法に関して、これまで日本は隠してきたどころか、無償で伝授してきたということなのです。それでも海外に普及していかなかったのは、日本のように苗を作ってから機械を購入してトラクターで田植えをして…というコストがかかり、かつわざわざ手間ヒマかかる手法は、海外の農家はする必要もなければ、することもできなかった。それはわざわざ高い金額を払ってまで食味のいいコメを購入する人もいなかったし、コメだけを味わうような文化もなく、コメがお腹がいっぱいになるための食材としての存在であったからです。

 ところが状況は変わってきています。コメ文化圏のアジアを中心に富裕層まではいかなくとも、中間層と言われる人々が一気に増えてきました。そして海外に回転すしをはじめ、日本食レストランの外食産業が拡大を続けています。多くの人が「日本のコメはうまい、短粒種のコメはうまい」ということに気が付き始めています。そこにどう日本の農家がアクセスするのか、そこが問われていると私は感じています。

 現在、日本では家電や自動車業界が苦戦しています。私はその原因の一つとして、高付加価値にこだわり高価格で売ることばかりにとらわれすぎて、世界に広がる中間層を一気に韓国・台湾・中国勢などに奪われてしまったことが背景にあると感じています。日本人の我々でさえ使いこなせない機能の製品を、世界中の人々は本当に欲しているのか? 日本のメーカーは「2ブランド制」にして勝負すべきだったんじゃないか。高付加価値で販売するブランドと、最低限の機能をつけて低価格で販売するブランドに明確に分けて展開する戦略はなかったのか。卸業者の方が話していた「ジャカルタで回転すし店に入ったらアメリカのコメを使っていた」という話、まさにそこです。日本食文化が広がっているのに、ビジネスをしていたのは海外の業者で日本の農業生産者は指をくわえているだけだった。日本の食産業も家電業界などと同じ道をたどってしまう恐れがある気がします。その海外の中間層、外食産業のニーズを狙うための海外生産でもあるのです。
 加えていうと、コメの場合は必然的に2ブランドになってしまいます。工業製品であれば、海外に工場ができると製造装置さえあれば日本と同じ製品が作れます。しかし、コメの場合、日本と海外では気候が違うために全く同じクオリティーのものが必ずしもできるとは限らない、というかできないからです。日本の気候で最高の品質になるよう品種改良されてきたコメです。よって日本で品質の高い最高級のコメを生産し、海外で量産型のコメを生産する、というダブルスタンダードにならざるをえない状況でもあります。
 
 そうは言っても海外からもしそのコメが逆輸入されるようになったら国内のコメがどうなるかという懸念はあります。ただ現状では国内には100万トンあまりまでしかコメは輸入できません。また日本のコメ生産現場の平均年齢は65歳を超え、変化することが求められる時期にも差し掛かっています。人口減少・コメ離れが進む中、このままで農業の若手就業者が今後どんどん増えるような状況になることは考えづらいでしょう。今後も日本の技術のある農家の力を求める海外の人々、商社、地域はどんどん出てくると思います。今必要なのは、そういう海外の人々と日本の農家(特に意欲のある若手農家)をビジネスマッチングすることではないでしょうか。見本市・シンポジウムなどを通じ、そういう機会を狙う人同志が出会うきっかけ・場所を作る。どんなビジネスの形態がいいかはこれからかもしれません。 ビジネスの形は今回番組で取り上げた方々がまさに模索しています。合弁会社なのか、技術提供による株の取得なのか。ベストな形は今後出てくると思いますが、農業がグローバルに広がる産業になることで、若い人々の農業に対する見方も変わってくる気がします。そして実は、「新潟」という地域はその動きの中心になる可能性があると私は考え取材を進めてきました。

 そういう言いながら、コメだけは貿易で守られるべきだと私は考えています(笑)。
都合がいいかも知れませんが…。国内の食のベースは守られながら、海外のニーズを日本のコメ農家がつかんでいければ最高のシナリオだと思っています。
 ということで、非常に長くなりましたが、BS日テレでも日曜日に再放送があります。興味ある方はごらんください。

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