まずは自己紹介と現在の業務を聞かせてください。
株式会社佐文工業所 製造部の小林麗於菜です。地元は新潟市江南区で、高校卒業後に佐文工業所に入社しました。現在入社4年目となります。入社時から「カマ(ロータリーフック)」と呼ばれるミシン部品の製造行っています。最初は「外カマ」と呼ばれる箇所の制作に従事していたのですが、最近は「内カマ」の研磨作業や組立、医療器具の製造等、色々な作業に就かせてもらっています。
小林さんは高校卒業で入社されたのですね。就職までの経緯を教えてください。
両親から「社会経験を積んできなさい。」と言われ、工場に就職
私は普通科に通っていて、学生時代は動物が好きだったので将来はトリマーさんとか動物に関わる仕事に就きたいと思っていました。なので、その分野の専門学校への進学も考えていたのもあり、工場勤務という選択はありませんでした。ですが、両親から「進学よりも社会に出て人生経験を積んだ方が良い。」と言われ、それも一理あるかな?と思い就職を選びました。
進学希望から一転して就職に。なぜ佐文工業所を選んだのですか?
企業見学に伺った際、まず雰囲気が凄く良かったのを覚えています。あと、ベテラン社員さんが退席し、世代の近い先輩社員さんへの質疑応答時間があったのですが、その時に居心地が良い。福利厚生がしっかりしている等を聞いて、ホワイト企業だという安心感を持ちました。実際に入社してみて、私の判断は正しかったと思っています。
小林さんが佐文工業所に入社してから現在までのお話を教えてください。
作業を任された時に生まれた責任感。そこから成長した自分。
考えると恥ずかしいのですが、入社からしばらくは完全に学生気分が抜けていませんでした。高校時代は学校に「勉強の為」というより「友達に会いに行く」感覚で通っていて、先生の指示に従って怒られないように。遊ぶ事が最優先な感じで過ごしていました。会社ではさすがに「友達に会いに行く」という感覚はありませんでしたが、就業時間をただ会社で過ごせばいい。上司に注意されず、ただ言われた事をこなせば良いという感じで仕事をしていました。
小林さんの中で仕事に対する自覚が芽生えたきっかけがあったのですか?
最初の2年は先輩の指示に従って作業を行っていたのですが、3年目から別作業を任されるようになりました。その場所での作業員は私一人。私が足を引っ張るわけには行かない。作業をきちんとやらなければいけないと自覚が芽生えたのはその時ですね。
その後、周りからの評価も変わったのでは?
仕事に責任感を持つようになり、他の部署から応援に呼ばれる機会が増え、周りからも「小林さん変わったね。」と言ってくれているらしいです。
そういう声を聞いて、小林さんは自分が成長したと感じていますか?
先ほど言った責任感もそうですが、全てにおいて積極的になり、「何でもやってみよう!!」という気持ちも生まれました。周りに「小林はやる気があるな。」と思えてもえられるし、自分自身の成長にも繋がると思っています。
素晴らしいですね。他にも仕事をしている中で何か感じた事などありますか?
3年前、大阪で開催されている大きな展示会に勉強の為に連れて行ってもらいました。海外ブースが多く、中には取引先もあるので何とかコミュニケーションを取ろうと思ったのですが言葉の壁があり苦労しました。それでも、世界には多くのミシン関連業者がある事に驚いたのと、普段私達が作っている商品が世界で愛されているのを実感出来、実に有意義な経験をさせてもらいました。
仕事の話だけを聞いてきましたが、お休みの日は何をして過ごしていますか?
友達や彼氏と過ごす事が多いですが、畑を持っているおばあちゃんの作業を手伝う事が多いです。昔からおばあちゃん子だったのもあり、「手伝って。」と言われるのでその時は一緒に作業しています。
畑では何を作っているのですか?力仕事もあるから疲れるのでは?
おばあちゃんは何でも作っています。高齢なおばあちゃんに力仕事をさせる訳にもいかないですから、そこは率先してやります。こう見えて、実は極真空手の黒帯なので、一般的な女子よりは力仕事に自信があります。
最後に、小林さんの今後の目標を聞かせてください。
機械を一人で使いこなせる唯一の女子社員になりたい。
今はまだ解らなかったり、上司に助けてもらっている部分が多い機械作業を一人でこなせるようになりたい。というのが今の目標です。最初は教えてもらいながらでも「絶対無理」と思っていたのですが、やってみると「意外と楽勝じゃない?」と変な自信が出てきて。メンテナンスも含めて、一人で機械を使いこなす唯一の女性社員になれればと、今はメモを取りながら必死に覚えています。